私が子育て真っ最中の頃は、「子どもに生きる力をつけさせよう」というようなことをよく耳にしました。
「生きる力」の具体的内容はは時代の流れと共に変化してきましたが、要するに困難にあってもたくましく生き抜いて欲しいという親の願いを反映しているのだと思います。
話は変わりますが私は生き物が好きで、小さいころは『ファーブル昆虫記』や『シートン動物記』などを読み、テレビ番組でもサバンナやアマゾンの野生生物の記録や海中の生き物の映像にナレーションを付けたものを好んで観ていました。
そのせいか、「生きる力」に対して他をしのぎ子孫を反映する強さ、又は環境に適応し ぬかりなく生き抜く力、という解釈をしていました。
33歳で大学の教育学部に学び始めた時、この考えが一つの進化論に基づいていることに気付きました。そして進化についてはいくつもの説があって未だ結論が出ていないことを知りました。
正直に言ってしまうと、我が子が一番大事です。もし強いものだけが生き残り、要領よく立ち回るものが繁栄していくのならば、その術を教えないでいられましょうか。しかし進化の歴史がそうではないと語っていたら?
大人になって読んだ科学読み物には単純な法則ではしばれない、多様な生物の営みが多数紹介してありました。生き残るか否かを決定づけるのは優劣ではない。そして「適応能力」というような能力は存在しない。と今は思っています。
私がわが子に授けたい力は「関わりの力」です。対象は何でもいい、全身全霊で関わっていこうとする貪欲さがあって欲しい。それなのにこの所ゲームばかりの息子たちを見て溜息しか出ないのです。
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