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  • ぐっさん

この町で子育てを

 僕は幼少の頃、九州の片田舎にある父の勤め先の社宅に住んでいました。その社宅には同じ年くらいの子どもたちがたくさん住んでいて、みんな仲良くしていました。毎日鬼ごっこやボール遊び、お互いの家を行き来してゲームをしたり、ご馳走になったり、お泊りまでしていました。

 そんな事をしていたので、友達の親とも仲良くなるし、親同士も仲良くなり、にぎやかで楽しい毎日でした。そのおかげで当初恥ずかしがりやだった僕は、社交的になれて自分に自信を持てるようになりました。おっさんになった今でもその経験が生きています。

 その後も転居転校が続いて、なかなか友達ができずに苦労をしました。大人になって仕事で京都に来た時、友人に恵まれこの土地も好きになりました。結婚して子どもに恵まれてからは特に、子ども達にはいつでも帰ることができる地元を持ってほしいと思うようになり、長岡京に骨を埋めるつもりで家を構えました。

 今自分の子どもが社宅時代の僕と同じ年齢です。あの頃の僕のようにたくさんの友達と関わって色々な経験をさせたい。時代は変わってそういう場所は減っているけれど、そんな気持ちを強く持ちながら地域の催しに積極的に親子で参加したり、たくさんの人と楽しく交流できる場所に出かけていきました。

 しかし、それはコロナでままならなくなります。おまけに昨年の緊急事態宣言においては、保育園が休園、施娯楽なども休館になり、公園も利用禁止。見事なまでの遊び場難民になりました。そんな時にたどり着いたのが「子育て支援ぼちぼちステーション」でした。子どもにはもちろん、その親や地域のお年寄にまで柔らかいあたりのスタッフさん。そこに集まる人たちは、自然と子ども同士も親同士も和気あいあいとした雰囲気に。

 ああ、なんか僕が楽しかった幼少の頃と雰囲気が似ているとはっとしました。それからうちの親子もよく寄らせていただき、楽しく遊んで交流させていただいています。こういう人たちと場所は、すごく大事で大切にしないといけませんね。

 ご縁をいただき、僕もスタッフの末席に加わらせていただきました。子どもたちの成長やつな地域のり作りに大した力はないけれど、少しでも協力していきたいと思います。

 


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