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  • 上兼栗 つむぎ

子育ての哲学

 私の子どもは自由教育の幼稚園に通いました。もっともそのころの私は保育や教育の知識は全くなく、その園の理念なども分からないままに通園が始まりました。

 息子が年中さんになる前、彼はいくつもの幼稚園に見学に連れて行かれました。と言うのは、息子はどの園でも体験では楽しそうに過ごしているのに、帰宅すると「幼稚園には行かない」と言うのです。もう地域の幼稚園は見つくしてしまいました。

 私は「まあいい、タモリさんも幼稚園には通わなかったって言ってる。いきなり小学校でもいい。」と思っていました。

 ところが困ったことになりました。4月を過ぎると、近所にも公園にも同じくらいのお友達が一人もいません。0~2歳ばかりです。これでは息子も十分自分を発揮できないと思いながら夏を過ごしていたある日、その幼稚園のチラシがポストに入ったのです。次年度の入園説明会の案内です。どうかして見落としていたのでしょう、この園の名前はこの時初めて目にしました。

 そして説明会に出かけ、息子はその場で園長先生に「明日から来ていいですか」と言ったのです。翌朝、半信半疑で待っていると園バスはちゃんと迎えに来てくれました。バスの先生に入園金とお月謝を渡してニコニコと座席に座る息子に手を振りました。

 そんな園での初めての個人懇談、自分の話したことは忘れてしまいましたが、担任のベテラン先生のおっしゃった言葉を今も忘れません。

 「いろんな保護者を見てきましたが、迷いながらやっている方のほうがうまくいっているように思いますよ。」

 今でも支援の現場で、迷ったり悩んだりしている親御さんにこの言葉を掛けています。厳しすぎたのかな、甘いのかな、いろいろいろいろ、一貫した教育哲学なんて程遠い日常の子育て、それでも悩んだり揺れたりは真剣な証拠です。真剣なのはわが子が愛しい証拠です。その愛がじわっと伝わって、よい子に育つのです。



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