ぼちぼちステーション前の小畑川に大きなコイが遡上してきています。毎年春が深まると産卵のためにやってくるのです。
子どもの頃の私は、コイの姿を見つけるとランドセルを玄関に投げ込み、ビーチサンダルにはきかえて土手を駆け下りたものです。
なかなか捕まえられるものではないし、捕まえたところでどうするの、ということなのですが、胸の動悸を抑えることができなかったのです。
世の中の景気が良い時代には、小畑川をせき止めて大規模な魚つかみ取り大会が開催されていたのですよ。金魚や色ゴイだけではなく、食用のコイ、フナ、ウナギなどが放流されたのです。
わたしはこの大会を心待ちにしていて、毎年父と一緒に洗濯カゴを持って行き大物をすくい上げていました。母は料理が得意でしたから「コイのあらい」(刺身)や「フナのあめだき」をこしらえてくれました。
しかし今から思うと、生態系を無視した横暴なイベントだったかもしれませんね。現在の小畑川はブラックバスとブルーギルだらけです。
今回の疫病も自然をないがしろにしたことが原因の根底にあると言っている人がいますね。自然を大切にするという考えはわたしも好きですが、疫病自体も自然の営みの一つではないかと思っています。
自然の前ではなんとも脆弱なわたしたち。だからこそ「祈り」が生れたのではないでしょうか。宗教の有る無し、または宗派にかかわらず、不安や恐怖でいっぱいの胸の中で
「祈り」の言葉をつぶやいてみてください。
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