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  • 上兼栗 つむぎ

教育の格差

 34歳で通信制大学の教育学部で学び始めた私は、講義の中で「教育の格差問題」の重大さに気付きました。

 その時私はひとり親として三人の子どもを育てていました。自然、経済的には教科書に出てくる貧困家庭そのものでありました。

 苦しい中でなぜ大学に入学したのかはまた別の時にお話しすることにして、「親の経済的、社会的地位の格差と子どもの学力の格差は比例する」という文章や、それを裏付けるような統計グラフを見て、私は芯から動揺してしまいました。

 安い時給でパートをしつつ、スキルアップや自己実現のための勉強もし、子どもたちとの触れ合いを一番に、食生活に気を配り、地域や学校、学童保育の活動にも参加し‥。子ども一人一人の宿題や学校の準備物をていねいに見てやる余裕は皆無でした。

 専業主婦で時間もお金も十分なお母さんが我が子の教育に心を配っている家庭では、やはり子どもの学習意欲は高いのです。興味を傾けて見守る人がいることが、学習への積極性や忍耐を育てるのだと思います。

 余裕のある家庭の子は余裕のある人生を歩み、またその子育ても余裕でやっていく、格差は世代を超えて固定してゆく、教科書の理路整然とした語り口に打ちのめされ、子ども達に申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。自分ではどうすることもできない渦に飲み込まれて、社会の低層に落ち込んでゆくイメージに苛まれました。

 しばらくして、私たち家族は地域の団体と出会い、山登りを教えてもらいました。最初はイヤイヤ付いて行っていた私もすっかり気に入り、今でも近所の低い山には散歩がてらに登ります。山の上でおにぎりを頬張ると、何はなくとも人は幸せに生きられるものだと感じられます。しっかり歩ける足とおにぎり一個さえあれば。

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