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長子を触れない

 長子が2歳になった頃から、抱きついてきたり触ってきたりすると全身に鳥肌と嫌悪感が走り、すぐにでも振り払いたくなる衝動にかられる。振り払えば長子が傷つく‥と理性で必死に抑えながら嫌悪感と闘いつつ我慢する。あまりに長いと「あれ見てきてごらん」などと離れるようにやんわり誘導する。そんな状態がもう数年も続いている。不思議と末子にはそういう感情は一切なく抵抗なく触り触られる。長子が嫌いなわけではなく、毎日楽しく幸せに過ごしてほしいと心から願っているし、できることならいっぱい抱きしめてあげたい。

インターネットなどで調べると意外とそういう人は多いようで、みな揃って上の子だけだと言う。

 ある日、昔の写真を整理していて気がついた。末子の赤ちゃんの頃などを見ると「ちっちゃい!かわいい!」感じるのだが長子の赤ちゃん時代の写真をみると「可愛い」と思えない。胸の奥にひやっとした冷たくほの暗い感触。そう、長子に不意に触られたときのようなあの感情。

 長子は生まれた時から泣き入りひきつけを起こす子だった。泣き出して少しするとひきつけを起こし呼吸が止まってしまい、強く叩いたり大きな声で呼びかけると意識を取り戻す。1%ほどの割合でいるそうだが、これで死んだ子はいないから大丈夫と小児科の先生。5か月の頃、咳症状も相まって呼吸が止まり、みるみる顔が青黒くなって救急車で運ばれたことがある。心肺蘇生で息を吹き返したものの、腕の中で血の気がなくなっていく長子の顔が頭にこびりついて離れなくなった。「あと2,3分遅かったら脳に損傷を残した」と救急隊員の方。

 それからというもの、私は10秒も長子を泣かせられなくなった。眠ったらベビーモニターを設置し、急いで家事や用事を済ます。「ふぁあー」と泣き出した瞬間に飛んで行ってあやす。泣いていなくても夜じゅう起きて確認する。四六時中死の恐怖と隣り合わせだった。

 主人は朝5時に出て夜は23時頃帰宅する生活で、毎朝4時に起きてお弁当を詰めた。彼は休日は趣味に明け暮れていたので、私が用事の時は親類を頼った。泣かせられないので他人に子どもを預けることはできなかった。1歳から保育園に入れるつもりだったが、ちょうどその頃、預けられた赤ちゃんが泣いたまま放置され突然死したニュースがあった。赤ちゃんに持病や体調不良はなく、おそらく泣き入りひきつけだったのではと思う。2歳になるとひきつけは落ち着くということで就園は2歳まで待つことになった。

 長子が1歳半になった頃、朝お弁当作りのために起きることができなくなった。掃除もできず散らかり放題。料理の段取りができない。何をしても楽しいと思えない。なぜ?どうして普通のことができないの?それで頭の中がいっぱいだった。汚い部屋で寝てばかりの私を主人は責めた。当たり前のことができないんだから、責められてもしようがないと思った。

 程なくして保育園に入園、みるみる私の心は落ち着いていった。今思えばあれは鬱状態だったのではないだろうか。

 ぼちぼちステーションが、赤ちゃんのいる家庭に家事代行や見守りの出張サービスを始められたそう。

 育児ノイローゼと私が長子を触れないこととは関係がないかもしれない。でもふと思う。もしあの頃の私がこういったサービスを利用できていたら、今この手で愛情いっぱいに長子を抱きしめることができたのだろうか。

 長子は成長し、優しく抱きしめてあげられないまま、そろそろ抱っこを卒業する年齢になってしまった。


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